つくりびとな日々を

いろいろ手を出してしまった感が否めない

日記 母のミートソース

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こんにちは。

 

すてでぃです。

 

私はテレビやネットで"ミートソース"を目にすると、必ずあることを思い出してしまい胸が締め付けられてしまいます。

 

本日はそんなお話です。

 

いつの頃か忘れてしまいましたが、私が実家にいた20年以上前の学生時代のお話です。

 

実家にいれば当たり前のように朝ごはん、夜ごはんが出てきました。

 

もちろん、ごはんは母が毎日作っていました。

 

ごはんだけでなく、家事全般やっていた母ですが、その頃の私は母に感謝することもなく家事は母がやるのが当たり前みたいな感じで、実家でのうのうと過ごしていました。

 

今ではひとり暮らしも経験し、結婚もして妻からも教わることもあるので、母の偉大さ、感謝の気持ちでいっぱいです。

雑記 ひとり暮らしを経験 - つくりびとな日々を

 

そんな私がだんだんと食べ物の世界が広がった時期があり、実家の食べ物の他にファミレスやコンビニなどの外の食べ物を知るようになりました。

 

そんな中、当時の私は家の近くのコンビニのお弁当やおにぎりが物珍しさからか美味しく感じてとても気に入りました。

 

そしてそのコンビニのお弁当やおにぎりにハマってしまい、頻繁に食べるようになりました。

 

そんな中、私は母に「夜ごはんなに食べたい?」ときかれると「コンビニのお弁当」と答えていた覚えがあります。

 

母としては夜ごはん何作ってあげようか?という意図で質問したと思うのですが、私はなんとも心ない返答をしていたということです。

 

今思うと本当にひどい事を言っていたなと、心が痛いです。

 

でも、それだけではないのです。

 

母はスパゲッティを作る時、いつもコトコトじっくり煮たお手製のミートソースを作っていました。

 

しかし私はその頃、レトルトのミートソースの存在を知りそれと比べてしまい、母がせっかく作ってくれた手作りミートソースではなく、レトルトのミートソースを食べていた覚えがあります。

 

私は母がせっかく時間をかけて作ってくれた手作りのミートソースではなくレトルトのミートソースを選んでいたのです。

 

でも母は怒ることもなく、私にレトルトのミートソースを食べさせてくれてました。

 

残った手作りミートソースを見て、母はきっと悲しかっただろうと思います。

 

それでも私に自分で作ったミートソースではなく、レトルトのミートソースを出してくれたのです。

 

今こうして思い出しながら文字を打っていると泣きそうになります。

 

このコロナ禍が落ち着き、実家に帰った時に母にこの事を話して、ちゃんと謝ろうと思います。

 

「あの時はごめんね」

 

そして自分勝手ですが、母にお願いをしたいと思います。

 

「わがままかもしれないけど、またあのお母さんの手作りミートソースを作ってくれないかな」

 

☆★☆★☆★☆感謝☆★☆★☆★☆

いつも当ブログの閲覧やはてブ、コメントありがとうございます。

 

また次回も見に来ていただけたら、とても嬉しいです。

 

それではまた。

 

すてでぃでした。